ジミー一家と受信専用な僕。
当たり前の事だが、生きていく上で知っておかなければいけない事ってのは沢山ある。政治、経済、お金、暮らしの知恵、コミュニケーションの取り方、マナー、しきたり、健康。まだまだあるが、僕が述べても説得力がないので省略しておこう。逆に生きていく上で知らなくてよかった事ってのもある。漂白剤は汚れを脱色しているだけ、ウサギの縄張り意識、両親がバツイチ同士、兄が高校生の頃に付き合っていた彼女のブスさ、好きだった
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当たり前の事だが、生きていく上で知っておかなければいけない事ってのは沢山ある。
政治、経済、お金、暮らしの知恵、コミュニケーションの取り方、マナー、しきたり、健康。
まだまだあるが、僕が述べても説得力がないので省略しておこう。
逆に生きていく上で知らなくてよかった事ってのもある。
漂白剤は汚れを脱色しているだけ、ウサギの縄張り意識、両親がバツイチ同士、兄が高校生の頃に付き合っていた彼女のブスさ、好きだった娘は誰にでも簡単に股を開くタイプ。
知ろうとしなくても『それ』は勝手にやってる。
それは僕が小学五年生の冬のことだった。
その日は休日ということもあり、僕はジミーの家で遊んでいた。
当然、『ジミー』はアダ名だ。
彼がそう呼ばれていた理由は、非常にしょーもない。
遠足の日に彼は寝坊をしてしまい、遠足の目的地である海浜公園に親の車でやってきた。
その時、彼が着ていた紺色のパーカーには、白字で『Yes!! I'm Jimmy!!』とプリントされていた。
クラスメイトは、その日から彼のことを愛着を込めて『ジミー』と呼んでいた。
ジミーの家は、とてつもない豪邸だった。
どでかい石造りの門から始まり、池がある広い庭、檻に入れられた『チビ』という名のドーベルマン、見たこともない洋菓子を持ってくる家政婦さん、旅館の宴会場かと見間違うくらいに広い和室、数々の子供入室禁止の部屋。
ジミーの部屋には膨大な数の漫画本や各種ゲームハードとソフトがあって小学生を決して退屈させなかった。
そう、彼の家は夢の国。
ジミーの家に遊びに行くには幾つかの条件があった。
・ジミーと親友であること
・事前に遊びに行くことを伝えること(アポ無しは厳禁)
・入室禁止は絶対
・遊べるのは午後五時まで
これらさえ守れば遊び放題だった。
僕とジミーは、ストⅡで対戦をしていた。
ジミーはガイルを使い、僕はザンギエフを使う。
試合展開はずっと同じだ。
開始早々、ガイルがソニックブーム。
それを嫌がったザンギエフは、斜めジャンプで弾を避けつつ、ガイルに接近しようと試みる。
ガイルは待ってましたとばかりに、サマーソルトキック。
十試合に一回の割合でザンギエフのスクリューパイルドライバーが決まる。
二人は飽きずに楽しんでいた。
午後三時、おやつの時間だ。
「今日はどんなお菓子が出てくるのやろうか」と僕は胸を弾ませていた。
でも、その日は違った。
ジミーの部屋にやってきたのは、お菓子とジュースを持った初老の家政婦さんではなく、ジミーのお母さんだった。
ジミー母「ヨシハル(ジミーの本名)?準備は済んだの?あら?ベンジャミン君」
僕 「こんにちは」
ジミー母「はい、こんにちは」
ジミー 「えっ?何の準備?あ、そうだった…」
ジミー母「そうだったじゃないわよ、今日はパパが出張から帰ってくる日でしょ?
皆でお食事しましょうって言ってたじゃない」
ジミー 「あぁ、どうしよう…」
僕 「そうなんだ、じゃあ僕は悪いから帰るよ」
ジミー 「うーん、ねぇママ?ベンジャミンも連れていったらダメかな?」
ジミー母「そうねぇ、良いんじゃない?」
僕 「えっ!?いや、そんなの悪いですよ!」
ジミー 「いいじゃん!美味しい食べ物がいっぱいあるらしいよ!」
ジミー母「元々、たくさんの人が来るパーティーだから子供が一人増えても問題な いわ、それにヨシハルといつも遊んでくれているから、その御礼だと思っ てよ」
僕 「でも、ウチのお母さんが許してくれるか分かんないし…」
ジミー母「じゃあ、私がベンジャミン君のご両親に連絡を入れておくわ」
そう言って、ジミーのお母さんは部屋から出ていった。
後を追うようにジミーも「ちょっと着替えとか色々と準備してくるよ」と言い部屋を後にした。
僕は意味の分からない展開にひどく動揺した。
パーティーって何だ?
何故、僕が参加するんだ?
厳しいウチの母が他所様のパーティーに参加するのを許してくれるか?いや、それはありえないだろ?
それがありえた。
僕がジミーの部屋で自問自答を繰り返していると、ジミーのお母さんが電話の子機を持って部屋に戻ってきた。
ジミーのお母さんは「ベンジャミン君のお母様がベンジャミン君と話したいそうよ」と言い、子機をさし出した。
僕が子機を受け取り、オドオドしながら「もしもし」と言うと母は開口一番に「ヨシハル君のご両親に絶対に迷惑かけるんじゃないわよ」と言った。
隣にジミーの母がいたこともあってか、僕はひたすら「はい、わかりました」を繰り返した。
僕は電話を切り、ジミーのお母さんに子機を返した。
ジミーのお母さんは「時間になったら呼びに来るから、それまでヨシハルと遊んでてね」と言い、そそくさと部屋を出ていった。
程なくして、小洒落た格好に着替えたジミーが帰ってきて「ゲームの続きやろうぜ」と言い、コントローラーのスタートボタンを押した。
驚くべきことにパーティー会場はジミーの自宅だった。
てっきり外食だと思っていた僕は、ちょっぴりガッカリした。
会場となる部屋は、通常、子供立入禁止となっているため、初めての入室だった。
そこは学校の教室を四部屋くっつけたぐらいの広さがある宴会場。
立食パーティー形式のようで等間隔にテーブルが並べられていて、部屋の奥には大量の料理が盛られていた。
会場にいる大人は四十名程度。
子供はジミーと僕だけ。
会場に来たは良いものの居場所がない僕らは部屋の隅でパーティーが始まるのを待つことにした。
ジミーのお母さんと数人の家政婦さんたちは、いそいそと奔走している。
来場者たちは煌びやかな出で立ちで会場にマッチしていた。
それに引き換え、僕はというとクタクタの赤いブルゾンに茶色のコーデュロイパンツ。
初心者が作ったアイコラ画像のように僕だけ浮いていた。
パーティーが始まった。
恰幅の良いおじさんがマイクを持ち、喋り始めた。
多分、こんな感じの事を言っていたと思う。
「あれから二年が経ちます」、「無事に帰って…」、「ならば、我々が守らなければ…」、「完遂しなければ…」
そんな堅苦しい話をハナタレ小僧である僕が理解できるわけもなく、『どうやったらザンギエフでガイルに勝てるのか?』を考えながら聞いているフリをして時間を潰した。
「あっ、パパだ」
ジミーは呟いた。
黒いスーツ姿のおじさんが割れんばかりの拍手の中、会場に入ってきた。
僕も釣らてて拍手をした。
どうやらこの人がジミーのお父さんらしい。
確かにどことなくジミーに似ている。
ジミーのお父さんは照れくさそうにしながら、会場の前の方に歩いて行きマイクを受け取った。
「今日は俺のために集まってくれてありがとう」
再び拍手。
そして、ジミーのお父さんは淡々と話し始めた。
「こうやって帰ってこれたのも皆のおかげだ」、「あの時の事を今でも思い出す」、「これからは今まで以上に厳しくなってくる…」、「時代の流れかもしれない」、「ありがとう」
とまぁ、こんな感じの内容でうず高く盛られたローストビーフの事で頭が一杯の僕に理解できるはずもなかった。
僕とジミーは貪るように食事をした。
見たことのない料理がそこかしこにあり、ワクワクが止まらなかった。
依然として、ジミーのお父さんは会場の前の方にいる。
立食パーティーなのにジミーのお父さんだけは上等な椅子に座っていた。
気になった僕は「ジミーのお父さんって脚が悪いの?」とジミーに尋ねた。
ジミーは「いや、悪くないよ」とあっさり答えた。
ジミーのお父さんの元には代わる代わる人がやってきていた。
来た人たちは執拗にペコペコし、同じ挨拶をしていた。
ジミーのお父さんは「とんでもなく偉い人なんだろう」と僕は思った。
挨拶回りが一段落したのか、ジミーのお母さんが僕らの所にやってきた。
どうやら僕らをジミーのお父さんの所に連れて行くらしい。
ジミー母「あなた、ヨシハルとヨシハルのお友達のベンジャミン君よ」
ジミー父「おぉ、ヨシハル大きくなったなぁ、元気にしてたか?」
ジミー 「パパ、おかえり!うん、元気だよ!パパは?」
ジミー父「もちろん元気だ!お前の顔を見てもっと元気になったぞ!」
「おぉ、君がベンジャミン君かい?ヨシハルと仲良くしてくれてありがとな」
僕は大人たちと同じ挨拶をしなければいけないと思った。
それがマナーだと。
僕 「はい、あの、その、おつとめごくろうさまです」
ジミー父「はっはっはっ、どこでその言葉を覚えたんだい?」
「これからもヨシハルと仲良くしてくれよ」
僕 「はい、もちろんです」
まだパーティーは続いていたが、夜も遅くなってきたので僕は帰ることになった。
僕が帰ることを伝えると「んじゃ、また明日ね」とジミーは、いつも通りそっけなかった。
僕は歩いて帰ろうとしたが、ジミーのお母さんが頑として車で送ると言ったので、それに甘えることにした。
しかしながら、ジミーのお母さんが運転するわけではなかった。
無愛想なおじさんが運転する車で僕は家に帰った。
家に着くと母は、迷惑を掛けなかったかと何度も聞いてきた。
ある程度予想はできていたので「完璧ばい」とだけ言っておいた。
【知らない方が幸せな事】を知った後に気付いた時の言葉では言い表せない気持ち。
こればっかりは避けられない。
こっちの意思なんて関係ない。
結局、何が言いたいかというと『ローストビーフは見た目以下の味』ということだ。
これもまた、知らない方が幸せな事。
当たり前の事だが、生きていく上で知っておかなければいけない事ってのは沢山ある。
政治、経済、お金、暮らしの知恵、コミュニケーションの取り方、マナー、しきたり、健康。
まだまだあるが、僕が述べても説得力がないので省略しておこう。
逆に生きていく上で知らなくてよかった事ってのもある。
漂白剤は汚れを脱色しているだけ、ウサギの縄張り意識、両親がバツイチ同士、兄が高校生の頃に付き合っていた彼女のブスさ、好きだった娘は誰にでも簡単に股を開くタイプ。
知ろうとしなくても『それ』は勝手にやってる。
それは僕が小学五年生の冬のことだった。
その日は休日ということもあり、僕はジミーの家で遊んでいた。
当然、『ジミー』はアダ名だ。
彼がそう呼ばれていた理由は、非常にしょーもない。
遠足の日に彼は寝坊をしてしまい、遠足の目的地である海浜公園に親の車でやってきた。
その時、彼が着ていた紺色のパーカーには、白字で『Yes!! I'm Jimmy!!』とプリントされていた。
クラスメイトは、その日から彼のことを愛着を込めて『ジミー』と呼んでいた。
ジミーの家は、とてつもない豪邸だった。
どでかい石造りの門から始まり、池がある広い庭、檻に入れられた『チビ』という名のドーベルマン、見たこともない洋菓子を持ってくる家政婦さん、旅館の宴会場かと見間違うくらいに広い和室、数々の子供入室禁止の部屋。
ジミーの部屋には膨大な数の漫画本や各種ゲームハードとソフトがあって小学生を決して退屈させなかった。
そう、彼の家は夢の国。
ジミーの家に遊びに行くには幾つかの条件があった。
・ジミーと親友であること
・事前に遊びに行くことを伝えること(アポ無しは厳禁)
・入室禁止は絶対
・遊べるのは午後五時まで
これらさえ守れば遊び放題だった。
僕とジミーは、ストⅡで対戦をしていた。
ジミーはガイルを使い、僕はザンギエフを使う。
試合展開はずっと同じだ。
開始早々、ガイルがソニックブーム。
それを嫌がったザンギエフは、斜めジャンプで弾を避けつつ、ガイルに接近しようと試みる。
ガイルは待ってましたとばかりに、サマーソルトキック。
十試合に一回の割合でザンギエフのスクリューパイルドライバーが決まる。
二人は飽きずに楽しんでいた。
午後三時、おやつの時間だ。
「今日はどんなお菓子が出てくるのやろうか」と僕は胸を弾ませていた。
でも、その日は違った。
ジミーの部屋にやってきたのは、お菓子とジュースを持った初老の家政婦さんではなく、ジミーのお母さんだった。
ジミー母「ヨシハル(ジミーの本名)?準備は済んだの?あら?ベンジャミン君」
僕 「こんにちは」
ジミー母「はい、こんにちは」
ジミー 「えっ?何の準備?あ、そうだった…」
ジミー母「そうだったじゃないわよ、今日はパパが出張から帰ってくる日でしょ?
皆でお食事しましょうって言ってたじゃない」
ジミー 「あぁ、どうしよう…」
僕 「そうなんだ、じゃあ僕は悪いから帰るよ」
ジミー 「うーん、ねぇママ?ベンジャミンも連れていったらダメかな?」
ジミー母「そうねぇ、良いんじゃない?」
僕 「えっ!?いや、そんなの悪いですよ!」
ジミー 「いいじゃん!美味しい食べ物がいっぱいあるらしいよ!」
ジミー母「元々、たくさんの人が来るパーティーだから子供が一人増えても問題な いわ、それにヨシハルといつも遊んでくれているから、その御礼だと思っ てよ」
僕 「でも、ウチのお母さんが許してくれるか分かんないし…」
ジミー母「じゃあ、私がベンジャミン君のご両親に連絡を入れておくわ」
そう言って、ジミーのお母さんは部屋から出ていった。
後を追うようにジミーも「ちょっと着替えとか色々と準備してくるよ」と言い部屋を後にした。
僕は意味の分からない展開にひどく動揺した。
パーティーって何だ?
何故、僕が参加するんだ?
厳しいウチの母が他所様のパーティーに参加するのを許してくれるか?いや、それはありえないだろ?
それがありえた。
僕がジミーの部屋で自問自答を繰り返していると、ジミーのお母さんが電話の子機を持って部屋に戻ってきた。
ジミーのお母さんは「ベンジャミン君のお母様がベンジャミン君と話したいそうよ」と言い、子機をさし出した。
僕が子機を受け取り、オドオドしながら「もしもし」と言うと母は開口一番に「ヨシハル君のご両親に絶対に迷惑かけるんじゃないわよ」と言った。
隣にジミーの母がいたこともあってか、僕はひたすら「はい、わかりました」を繰り返した。
僕は電話を切り、ジミーのお母さんに子機を返した。
ジミーのお母さんは「時間になったら呼びに来るから、それまでヨシハルと遊んでてね」と言い、そそくさと部屋を出ていった。
程なくして、小洒落た格好に着替えたジミーが帰ってきて「ゲームの続きやろうぜ」と言い、コントローラーのスタートボタンを押した。
驚くべきことにパーティー会場はジミーの自宅だった。
てっきり外食だと思っていた僕は、ちょっぴりガッカリした。
会場となる部屋は、通常、子供立入禁止となっているため、初めての入室だった。
そこは学校の教室を四部屋くっつけたぐらいの広さがある宴会場。
立食パーティー形式のようで等間隔にテーブルが並べられていて、部屋の奥には大量の料理が盛られていた。
会場にいる大人は四十名程度。
子供はジミーと僕だけ。
会場に来たは良いものの居場所がない僕らは部屋の隅でパーティーが始まるのを待つことにした。
ジミーのお母さんと数人の家政婦さんたちは、いそいそと奔走している。
来場者たちは煌びやかな出で立ちで会場にマッチしていた。
それに引き換え、僕はというとクタクタの赤いブルゾンに茶色のコーデュロイパンツ。
初心者が作ったアイコラ画像のように僕だけ浮いていた。
パーティーが始まった。
恰幅の良いおじさんがマイクを持ち、喋り始めた。
多分、こんな感じの事を言っていたと思う。
「あれから二年が経ちます」、「無事に帰って…」、「ならば、我々が守らなければ…」、「完遂しなければ…」
そんな堅苦しい話をハナタレ小僧である僕が理解できるわけもなく、『どうやったらザンギエフでガイルに勝てるのか?』を考えながら聞いているフリをして時間を潰した。
「あっ、パパだ」
ジミーは呟いた。
黒いスーツ姿のおじさんが割れんばかりの拍手の中、会場に入ってきた。
僕も釣らてて拍手をした。
どうやらこの人がジミーのお父さんらしい。
確かにどことなくジミーに似ている。
ジミーのお父さんは照れくさそうにしながら、会場の前の方に歩いて行きマイクを受け取った。
「今日は俺のために集まってくれてありがとう」
再び拍手。
そして、ジミーのお父さんは淡々と話し始めた。
「こうやって帰ってこれたのも皆のおかげだ」、「あの時の事を今でも思い出す」、「これからは今まで以上に厳しくなってくる…」、「時代の流れかもしれない」、「ありがとう」
とまぁ、こんな感じの内容でうず高く盛られたローストビーフの事で頭が一杯の僕に理解できるはずもなかった。
僕とジミーは貪るように食事をした。
見たことのない料理がそこかしこにあり、ワクワクが止まらなかった。
依然として、ジミーのお父さんは会場の前の方にいる。
立食パーティーなのにジミーのお父さんだけは上等な椅子に座っていた。
気になった僕は「ジミーのお父さんって脚が悪いの?」とジミーに尋ねた。
ジミーは「いや、悪くないよ」とあっさり答えた。
ジミーのお父さんの元には代わる代わる人がやってきていた。
来た人たちは執拗にペコペコし、同じ挨拶をしていた。
ジミーのお父さんは「とんでもなく偉い人なんだろう」と僕は思った。
挨拶回りが一段落したのか、ジミーのお母さんが僕らの所にやってきた。
どうやら僕らをジミーのお父さんの所に連れて行くらしい。
ジミー母「あなた、ヨシハルとヨシハルのお友達のベンジャミン君よ」
ジミー父「おぉ、ヨシハル大きくなったなぁ、元気にしてたか?」
ジミー 「パパ、おかえり!うん、元気だよ!パパは?」
ジミー父「もちろん元気だ!お前の顔を見てもっと元気になったぞ!」
「おぉ、君がベンジャミン君かい?ヨシハルと仲良くしてくれてありがとな」
僕は大人たちと同じ挨拶をしなければいけないと思った。
それがマナーだと。
僕 「はい、あの、その、おつとめごくろうさまです」
ジミー父「はっはっはっ、どこでその言葉を覚えたんだい?」
「これからもヨシハルと仲良くしてくれよ」
僕 「はい、もちろんです」
まだパーティーは続いていたが、夜も遅くなってきたので僕は帰ることになった。
僕が帰ることを伝えると「んじゃ、また明日ね」とジミーは、いつも通りそっけなかった。
僕は歩いて帰ろうとしたが、ジミーのお母さんが頑として車で送ると言ったので、それに甘えることにした。
しかしながら、ジミーのお母さんが運転するわけではなかった。
無愛想なおじさんが運転する車で僕は家に帰った。
家に着くと母は、迷惑を掛けなかったかと何度も聞いてきた。
ある程度予想はできていたので「完璧ばい」とだけ言っておいた。
【知らない方が幸せな事】を知った後に気付いた時の言葉では言い表せない気持ち。
こればっかりは避けられない。
こっちの意思なんて関係ない。
結局、何が言いたいかというと『ローストビーフは見た目以下の味』ということだ。
これもまた、知らない方が幸せな事。
『老け顔は年を取ると若く見られる』←これ嘘な
あれはいつのことだっただろうか。多分、僕が中学三年生の頃だった思う。その日は月曜日だったが、体育祭の代休で学校が休みだった。前から決まっていた休日とはいえ、特に予定を入れていなかった僕は何となく街に行ってみることにした。リーバイス・505、古着屋で買った黄色と黒のブロックチェック柄のウールシャツ、黒のコンバース・ジャックパーセルに身を包み僕は家を出て駅に向かった。電車に揺られること十五分、市の中心部
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あれはいつのことだっただろうか。
多分、僕が中学三年生の頃だった思う。
その日は月曜日だったが、体育祭の代休で学校が休みだった。
前から決まっていた休日とはいえ、特に予定を入れていなかった僕は何となく街に行ってみることにした。
リーバイス・505、古着屋で買った黄色と黒のブロックチェック柄のウールシャツ、黒のコンバース・ジャックパーセルに身を包み僕は家を出て駅に向かった。
電車に揺られること十五分、市の中心部に到着した。
駅にある時計の針は正午過ぎを指していた。
いつも寄る所は決まっていた。
まずは四件の本屋。
当時、何故か村上龍にハマっていた僕は次に買う作品を探すのが楽しみでしょうがなかった。
おそらく、その日に買ったのは『愛と幻想のファシズム』だったと思う。
次はオモチャ屋。
ゲームソフト、ガンプラ、ミニ四駆、ヨーヨー、アメコミフィギュア、魅力的に見える物を手に取って眺めていると時間はあっという間に過ぎていく。
最後は洋服屋。
ジーンズ専門店で買いもしないのに試着してみたり、靴屋のショーケースに飾ってあるオリジナルのAIR JORDANⅠと意味の分からない金額が付いた値札を交互に見たり、古着屋独特の臭いを満喫したりと、完成されたウィンドウショッピングを楽しんだ。
いつもだったら、これで散策は終わるのだが、その日は違った。
駅の近くに新たに洋服屋がオープンしていたのだ。
日が暮れ始めていたので店に入るかどうか迷ったが、街に来たついでだと思い見てみることにした。
店内は薄暗い。
ラックに掛けられている洋服が異常に少ないのが印象的だった。
「いらっしゃいませ」
店の奥から華奢な男性が出てきた。
僕は会釈をし、掛けられているジャケットやパンツ見て回った。
もちろん、すぐ見終わった。
特にめぼしい物はなく、僕はがっかりし、すぐにでも店を後にしたい衝動に駆られた。
その時だった。
店員「今、お仕事帰りっすか?」
僕「え!?(この人は何を言っているのかな?)」
店員「すいません、いきなり声かけちゃってw」
僕「いえいえ(そこじゃないよね?謝るのはそこじゃないよね?)」
店員「仕事帰りっすか?」
僕「……そ、そうっすねぇ(言えねぇ、中学生だなんて言えねぇよ~)」
店員「お仕事お疲れ様です」
僕「お、お疲れ様です…」
店員「何系のお仕事っすか?この時間だと…公務員とか?」
僕「そうっすねぇ、公務員っスねぇ(めんどくせぇ、てか、どうすんだよ!公務員とかよく分かんないよ!)」
店員「市役所っすか?」
僕「いえ、水道局っす(えっ!?僕は何を言ってるの?ちょっと抗いたくなったの?馬鹿なの?)」
店員「そうなんすか~、お水屋さんねぇ…、あっそうそう!このジーンズ見てくださいよ~」
僕「は、はぁ」
その後、僕は延々とセールストークを聞かされた。
嘘をついた罪悪感と店員に対する苛立ちで胸が張り裂けそうになった僕は「じ、じゃあ、また寄ります!」と話をぶち切って店を出た。
後ろから「また来てくださいね~、あ、あといつも美味しい水ありがとうございま~す」と声を掛けられたが、僕は振り向くことも声を出すこともできなかった。
僕は一刻も早くこの場所から離れたかったので、ひたすら早足で駅に向かった。
駅の時計を見ると午後八時過ぎだった。
田舎の駅らしく、ホームは閑散としていた。
自宅の最寄り駅行きの電車が来るまで三十分ほど時間があったので、僕は買ったばかりの小説を読むことにした。
思いのほか、読むことに集中できて気がつくと電車はホームに入ってきていた。
発車まで数分時間はあったが僕は電車に乗り込むことにした。
すると駅員が声を掛けてきた。
駅員「最近、夜は冷えてきたねぇ」
僕「そうっすねぇ」
駅員「夏が終わって秋になって冬はすぐそこ、年を取ると時間が早く過ぎるもんだねぇ」
僕「へぇ、そうなんすか?」
駅員「すぐにお兄さんも分かる時がくるさ、今、仕事帰りかい?」
僕「……そうです、水道局です」
駅員「そうかい、お疲れさんだな」
僕「は…い」
駅員「そろそろ発車の時間だな、さぁ乗った乗った」
その日の夜空はいつもより黒かった。
あれはいつのことだっただろうか。
多分、僕が中学三年生の頃だった思う。
その日は月曜日だったが、体育祭の代休で学校が休みだった。
前から決まっていた休日とはいえ、特に予定を入れていなかった僕は何となく街に行ってみることにした。
リーバイス・505、古着屋で買った黄色と黒のブロックチェック柄のウールシャツ、黒のコンバース・ジャックパーセルに身を包み僕は家を出て駅に向かった。
電車に揺られること十五分、市の中心部に到着した。
駅にある時計の針は正午過ぎを指していた。
いつも寄る所は決まっていた。
まずは四件の本屋。
当時、何故か村上龍にハマっていた僕は次に買う作品を探すのが楽しみでしょうがなかった。
おそらく、その日に買ったのは『愛と幻想のファシズム』だったと思う。
次はオモチャ屋。
ゲームソフト、ガンプラ、ミニ四駆、ヨーヨー、アメコミフィギュア、魅力的に見える物を手に取って眺めていると時間はあっという間に過ぎていく。
最後は洋服屋。
ジーンズ専門店で買いもしないのに試着してみたり、靴屋のショーケースに飾ってあるオリジナルのAIR JORDANⅠと意味の分からない金額が付いた値札を交互に見たり、古着屋独特の臭いを満喫したりと、完成されたウィンドウショッピングを楽しんだ。
いつもだったら、これで散策は終わるのだが、その日は違った。
駅の近くに新たに洋服屋がオープンしていたのだ。
日が暮れ始めていたので店に入るかどうか迷ったが、街に来たついでだと思い見てみることにした。
店内は薄暗い。
ラックに掛けられている洋服が異常に少ないのが印象的だった。
「いらっしゃいませ」
店の奥から華奢な男性が出てきた。
僕は会釈をし、掛けられているジャケットやパンツ見て回った。
もちろん、すぐ見終わった。
特にめぼしい物はなく、僕はがっかりし、すぐにでも店を後にしたい衝動に駆られた。
その時だった。
店員「今、お仕事帰りっすか?」
僕「え!?(この人は何を言っているのかな?)」
店員「すいません、いきなり声かけちゃってw」
僕「いえいえ(そこじゃないよね?謝るのはそこじゃないよね?)」
店員「仕事帰りっすか?」
僕「……そ、そうっすねぇ(言えねぇ、中学生だなんて言えねぇよ~)」
店員「お仕事お疲れ様です」
僕「お、お疲れ様です…」
店員「何系のお仕事っすか?この時間だと…公務員とか?」
僕「そうっすねぇ、公務員っスねぇ(めんどくせぇ、てか、どうすんだよ!公務員とかよく分かんないよ!)」
店員「市役所っすか?」
僕「いえ、水道局っす(えっ!?僕は何を言ってるの?ちょっと抗いたくなったの?馬鹿なの?)」
店員「そうなんすか~、お水屋さんねぇ…、あっそうそう!このジーンズ見てくださいよ~」
僕「は、はぁ」
その後、僕は延々とセールストークを聞かされた。
嘘をついた罪悪感と店員に対する苛立ちで胸が張り裂けそうになった僕は「じ、じゃあ、また寄ります!」と話をぶち切って店を出た。
後ろから「また来てくださいね~、あ、あといつも美味しい水ありがとうございま~す」と声を掛けられたが、僕は振り向くことも声を出すこともできなかった。
僕は一刻も早くこの場所から離れたかったので、ひたすら早足で駅に向かった。
駅の時計を見ると午後八時過ぎだった。
田舎の駅らしく、ホームは閑散としていた。
自宅の最寄り駅行きの電車が来るまで三十分ほど時間があったので、僕は買ったばかりの小説を読むことにした。
思いのほか、読むことに集中できて気がつくと電車はホームに入ってきていた。
発車まで数分時間はあったが僕は電車に乗り込むことにした。
すると駅員が声を掛けてきた。
駅員「最近、夜は冷えてきたねぇ」
僕「そうっすねぇ」
駅員「夏が終わって秋になって冬はすぐそこ、年を取ると時間が早く過ぎるもんだねぇ」
僕「へぇ、そうなんすか?」
駅員「すぐにお兄さんも分かる時がくるさ、今、仕事帰りかい?」
僕「……そうです、水道局です」
駅員「そうかい、お疲れさんだな」
僕「は…い」
駅員「そろそろ発車の時間だな、さぁ乗った乗った」
その日の夜空はいつもより黒かった。
社会勉強(フクロウ少年記 その二)
それは秘密基地ブームが去って数ヶ月が経過した冬のことだった。僕と友人たちは、学校が終わり下校していた。今日は何して遊ぼうか、と皆で話し合いながら校門を出ようとした時である。校門の横にスーツ姿の見知らぬお兄さんが立っていた。「やぁ、こんにちわ、今、帰りかい?」そう声をかけてきた。日頃から親や先生に「知らない人に付いて行ってはいけません」と刷り込まれている僕たちは固まった。「(標準語だ!危ない人だ!誘
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それは秘密基地ブームが去って数ヶ月が経過した冬のことだった。
僕と友人たちは、学校が終わり下校していた。
今日は何して遊ぼうか、と皆で話し合いながら校門を出ようとした時である。
校門の横にスーツ姿の見知らぬお兄さんが立っていた。
「やぁ、こんにちわ、今、帰りかい?」
そう声をかけてきた。
日頃から親や先生に「知らない人に付いて行ってはいけません」と刷り込まれている僕たちは固まった。
「(標準語だ!危ない人だ!誘拐されて、よく分かんないことされる!)」と皆が皆思ったに違いない。
するとお兄さんはこう続けた。
「僕は怪しいもんじゃないよ
君たちをさらったりなんかしないし、叩いたりもしない
ほら、お兄さんの顔は悪そうじゃないだろ?これでもモテるんだぞぉ」
それでも僕たちは疑いの目のまま固まっていた。
当時の僕が『モテる、モテない』を正確に理解できていたかどうかは怪しいが、確かにお兄さんはモテそうだった。
長身痩せ型で、服装にも清潔感があった。
何より屈託のなさに好感が持てた。
お兄さんは僕たちが解れてきたのを確認すると足元にあるカバンをガサゴソしながら快活に話しだした。
「お兄さんは悪い人じゃないってことはわかってもらえたようだね
あっ、そうそう、君たちにこのカバンの中のものを見て欲しいんだ
大丈夫、怖いものじゃないからね
この中に入っているのは………宝物だ」
最後の言葉を言い終わると同時に勢い良くカバンが開けられた。
そこには、本当に宝物があった。
車、バイク、宝飾品、コレクターグッズ、家、家族、親友、恋人、人によって様々な宝物があるだろう。
当時の僕たちの宝物は文房具だった。
ただの文房具ではなく、キャラクターものの文房具。
特にドラゴンボールの文房具は絶大な人気を持っていた。
スーパーサイヤ人の悟空が描かれた下敷きを学校に持って行こうものなら、数週間はクラスメイトから持て囃された。
僕の住んでいた地域でドラゴンボールの文房具を取り扱っている店は、2店舗しかなく希少価値は相当なものだった。
実際、生徒の間で『ドラゴンボール文房具窃盗事件』が発生するほどだった。
僕はというと皆のノリに合わせていただけだった。
ドラゴンボールに全くと言っていいほど興味がなく、この事態をめんどくさく思っていた。
教室で友人たちが“トランクスのかっこ良さ”や“ヤムチャの存在意義”ついて熱く語っていても、
その場のノリだけで「だよねー」と僕は言うだけ。
端的に言うと、仲間はずれになりたくなかった。
少年たちの心を鷲掴みし、さらには犯罪にまで手を染めさせるチカラを持った宝物が、カバンの中にギッシリ詰まっていた。
それを見た友人たちは目を見開き、輝かせた。
そして、一瞬の沈黙の後、
「すごかー!」だの「これ見たことなかばい!」だの「これ何処で買ったと?」だの「さ、触って良か?」だの、
友人たちは我を忘れてハシャギだした。
お兄さんは興奮した少年たちを見て、満足そうに笑みを浮かべた。
「すごいだろ~
ほんと集めるのに苦労したよ
いやぁ、君たちに喜んでもらえてお兄さんも嬉しいよ」
友人たちは、お兄さんを見つめ何度もコクリコクリと頷き、そしてまた文房具に目を移した。
僕は、友人たちの半狂乱ぶりと疎外感に動揺し、その場を離れるタイミングを探し始めた。
しかしながら、友人たちとお兄さんの楽しそうな会話は終わりそうにない。
僕は皆が飽きるのをひたすら待つしかなかった。
数十分しても状況は変わらない。
僕は「用事があるから」と嘘をつき一人で帰ることを決意し始めた、その時だった。
辺りに緩やかな音楽が流れだした。
それは午後五時を報せる『エーデルワイス』のメロディーだった。
僕たちにとって、それが何を意味するのかというと「早く家に帰らないと、こっ酷く叱られますよ」ということだ。
友人たちは急にソワソワしだした。
それもそうだ、親に対する怖さもあるし、空も若干ではあるが暗くなってきている。
僕は「(これで家に帰れる、仲間はずれタイムお終い)」と思い、ホッとした。
だがしかし、そうは問屋が卸さなかった。
冷静さを取り戻したばかりの友人たちを再び狂わせる言葉をお兄さんはボソリと言った。
「君たち、これ、欲しくない?」
効果は絶大で、友人たちは沸き立った。
「欲しいぃぃぃぃぃぃぃぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
真冬の夕暮れにお祭り騒ぎである。
とりあえず、僕もはしゃいだフリをしていたが、心の中では「(家に帰れんやろうがぁぁぁこらぁぁぁぁぁ)」と絶叫していた。
ところが、お兄さんは予想外なことを言いだした。
「ただし、条件があるんだ…その条件ってのは……
はい、今日はここまで!
もう日が暮れてきているから、お家に帰りな
お父さんお母さんが心配するといけないしね
続きは明日の同じ時間、同じ場所!ということで、さぁ帰った帰った!」
当然、「えええええええええええええ」の大合唱となった。
しかし、タイムリミットが迫っていた僕たちは、不満と見せかけの不満を見せながら帰宅するのことにした。
お兄さんは、僕たちが見えなくなるまで手を振り、僕たちもそれに答えるように奇声を上げながらずっと
手を振った。
次の日、友人たちは登校時から騒がしかった。
まるで、もう宝物が自分たちのものになったかのように嬉々としていた。
友人B「おい(俺)はペンケースな」
友人C「はぁ?そがんとだいが決めたとや?(そんなこと誰が決めたんだよ?)」
友人B「良かやっか(良いじゃないか)、お前、ドラゴンボールの筆箱を買ったばっかいやろうが」
友人C「そいは関係なか!」
友人B「関係あるくさ!おいは兄貴のお下がりの『けろけろけろっぴ』やぞ?」
友人C「そがんと知らんさ!」
友人A「BもCも、そがん揉めるとやったらジャンケンで決めれば?」
友人BC「良かばい、最初はグー!ジャンk」
友人D「おい、お前らだけズルかぞ!」
全員「そうだそうだぁ、おいたちも混ぜろぉ」
僕とA君は、一歩離れた所でジャンケン大会を眺めていた。
A君は何故ジャンケンに参加しないのだろうと疑問に思ったので、僕は直接A君に尋ねた。
友人A「だって、おいはマガジンしか読んどらんもん」
A君が胸を張って答えた。
僕は仲間を見つけたようで嬉しかったのでニタニタしていると、A君が「あのさぁ」と問いかけてきた。
友人A「『条件』って何やろうかね?」
僕「ん?何の話?」
友人A「文房具をもらう『条件』くさ」
僕「あぁ、あれね、何やろうねぇ」
友人A「んー、気になるなぁ、お前は放課後行くと?」
僕「うん、行く、A君は?」
友人A「もちろん行くくさ!なんか金田一なった気分や」
帰りの会が終わると、皆一目散に校門へと向かっていった。
校門横に宣言通りお兄さんが立っていた。
「こんにちは
学校は楽しかったかい?
はいはい、わかったから、そう焦るな焦るな
さぁ、今日も宝物をご覧ください」
お兄さんは、カバンを開け友人たちのテンションをいとも簡単に上げた。
前日と違って、僕とA君は少し離れた所から見ていた。
僕は目の前で繰り広げられている光景に、何となくではあるが不安を感じていた。
A君は『条件』について、ブツブツと独り言をいっていた。
「じゃあ、さっそくこの超人気文房具を貰える『条件』を教えるとしよう」
お兄さんがそう言うと、皆は身構えた。
少しの沈黙の後、お兄さんは早口で話し始めた。
「学校の勉強って面白くないよね?
学校でやる、国語、算数、理科、社会、全く面白くないよね?
お兄さんが子供の頃もそうだった。
でも、勉強をやらないと大人になって苦労するんだ。
君たちは大人になって苦労したいかい?
当然、嫌だよね?
だったら、勉強するしかないんだよ。
そこでだ!そこで君たちにオススメしたいものがある!
それがこれだ!」
お兄さんはもう一つのカバンから何冊かの本を出してきた。
それらの本には、『小学四年 算数』、『小学五年 国語』と書かれていた。
本を片手に、この教材がいかに素晴らしいかを饒舌に語るお兄さんと、それを熱心に聞き入る友人たち。
常軌を逸した光景を僕は呆然と見ていた。
するとA君が不貞腐れた感じで話しだした。
A君「はぁ、しょーもない…本当にしょーもない!
結局、それか!そんなもんか!
期待して損したばい!」
僕「な、何ば怒っとると?」
A君「もっと面白か『条件』出せ!ってことよ、もうよか、帰ろ」
僕「えっ、でも皆まだ…」
A君「よかけん、帰ろうで
アイツらも、そこまで馬鹿じゃなかやろ」
僕とA君は、皆を残して帰ることにした。
家路につく間、A君は終始ふくれっ面で、僕はどのように対応していいのか分からず困った。
後日、僕はいつものメンバーと登校していた。
いつもの順路、いつもの会話、いつもと変わらなかった。
ただし、違ったことが一つあった。
学校の前まで来ると数人の友人が「ちょっと待ってて」と言い、校門横の電柱に駆けていった。
その友人たちは電柱に針金でくくりつけられた鉄製のポストに二つ折りにされた紙を入れていた。
僕は気になってポストに近寄り確認した。
ポストには、セロファンテープで紙が貼られており、その紙には『☆お申込み箱☆』と書かれていた。
僕がポストを見ているとA君が寄ってきた。
A君は「あーあ」と一言だけ言って校舎に向かっていった。
一週間が経った頃だった。
教室では例の文房具の自慢合戦が行われていた。
下敷き、筆箱、鉛筆、様々な文房具が机の上に並べられていた。
教材を申し込んでいない組は、それを嫉妬が入り交じった視線で見ていた。
自慢合戦は一週間ほどで廃れた。
今となって考えてみると簡単なことだ。
希少価値があったから盛り上がることができたのだ。
皆が持っていたら、普通の文房具と対して変わらない。
僕たちは、また新たにハマれるものを探し始めた。
季節は春。
僕たちは月一恒例の朝礼に出席していた。
何と言っているか分からない程にノイズが乗った校長の声。
先生に見つからないように手紙を回す女子たち。
退屈極まりない時間だった。
朝礼の最後に一人の先生がマイクと取り、話し始めた。
「ちょっといいですかー
はーい、静かにー
近頃、この学校近くで詐欺事件があったようです
えー、詐欺ってのは、人を騙してお金を取ることです
みなさんの中に、校門の近くでオモチャとか文房具を見せられた人いますか?
警察の人が聞きたいことがあるそうなので、見た人は担任の先生に言ってくださーい」
僕は教材を申し込んだ友人たちを見た。
ずっと彼らは俯いたままだった。
続いて僕はA君を見た。
A君はニタニタと笑っていた。
それは秘密基地ブームが去って数ヶ月が経過した冬のことだった。
僕と友人たちは、学校が終わり下校していた。
今日は何して遊ぼうか、と皆で話し合いながら校門を出ようとした時である。
校門の横にスーツ姿の見知らぬお兄さんが立っていた。
「やぁ、こんにちわ、今、帰りかい?」
そう声をかけてきた。
日頃から親や先生に「知らない人に付いて行ってはいけません」と刷り込まれている僕たちは固まった。
「(標準語だ!危ない人だ!誘拐されて、よく分かんないことされる!)」と皆が皆思ったに違いない。
するとお兄さんはこう続けた。
「僕は怪しいもんじゃないよ
君たちをさらったりなんかしないし、叩いたりもしない
ほら、お兄さんの顔は悪そうじゃないだろ?これでもモテるんだぞぉ」
それでも僕たちは疑いの目のまま固まっていた。
当時の僕が『モテる、モテない』を正確に理解できていたかどうかは怪しいが、確かにお兄さんはモテそうだった。
長身痩せ型で、服装にも清潔感があった。
何より屈託のなさに好感が持てた。
お兄さんは僕たちが解れてきたのを確認すると足元にあるカバンをガサゴソしながら快活に話しだした。
「お兄さんは悪い人じゃないってことはわかってもらえたようだね
あっ、そうそう、君たちにこのカバンの中のものを見て欲しいんだ
大丈夫、怖いものじゃないからね
この中に入っているのは………宝物だ」
最後の言葉を言い終わると同時に勢い良くカバンが開けられた。
そこには、本当に宝物があった。
車、バイク、宝飾品、コレクターグッズ、家、家族、親友、恋人、人によって様々な宝物があるだろう。
当時の僕たちの宝物は文房具だった。
ただの文房具ではなく、キャラクターものの文房具。
特にドラゴンボールの文房具は絶大な人気を持っていた。
スーパーサイヤ人の悟空が描かれた下敷きを学校に持って行こうものなら、数週間はクラスメイトから持て囃された。
僕の住んでいた地域でドラゴンボールの文房具を取り扱っている店は、2店舗しかなく希少価値は相当なものだった。
実際、生徒の間で『ドラゴンボール文房具窃盗事件』が発生するほどだった。
僕はというと皆のノリに合わせていただけだった。
ドラゴンボールに全くと言っていいほど興味がなく、この事態をめんどくさく思っていた。
教室で友人たちが“トランクスのかっこ良さ”や“ヤムチャの存在意義”ついて熱く語っていても、
その場のノリだけで「だよねー」と僕は言うだけ。
端的に言うと、仲間はずれになりたくなかった。
少年たちの心を鷲掴みし、さらには犯罪にまで手を染めさせるチカラを持った宝物が、カバンの中にギッシリ詰まっていた。
それを見た友人たちは目を見開き、輝かせた。
そして、一瞬の沈黙の後、
「すごかー!」だの「これ見たことなかばい!」だの「これ何処で買ったと?」だの「さ、触って良か?」だの、
友人たちは我を忘れてハシャギだした。
お兄さんは興奮した少年たちを見て、満足そうに笑みを浮かべた。
「すごいだろ~
ほんと集めるのに苦労したよ
いやぁ、君たちに喜んでもらえてお兄さんも嬉しいよ」
友人たちは、お兄さんを見つめ何度もコクリコクリと頷き、そしてまた文房具に目を移した。
僕は、友人たちの半狂乱ぶりと疎外感に動揺し、その場を離れるタイミングを探し始めた。
しかしながら、友人たちとお兄さんの楽しそうな会話は終わりそうにない。
僕は皆が飽きるのをひたすら待つしかなかった。
数十分しても状況は変わらない。
僕は「用事があるから」と嘘をつき一人で帰ることを決意し始めた、その時だった。
辺りに緩やかな音楽が流れだした。
それは午後五時を報せる『エーデルワイス』のメロディーだった。
僕たちにとって、それが何を意味するのかというと「早く家に帰らないと、こっ酷く叱られますよ」ということだ。
友人たちは急にソワソワしだした。
それもそうだ、親に対する怖さもあるし、空も若干ではあるが暗くなってきている。
僕は「(これで家に帰れる、仲間はずれタイムお終い)」と思い、ホッとした。
だがしかし、そうは問屋が卸さなかった。
冷静さを取り戻したばかりの友人たちを再び狂わせる言葉をお兄さんはボソリと言った。
「君たち、これ、欲しくない?」
効果は絶大で、友人たちは沸き立った。
「欲しいぃぃぃぃぃぃぃぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
真冬の夕暮れにお祭り騒ぎである。
とりあえず、僕もはしゃいだフリをしていたが、心の中では「(家に帰れんやろうがぁぁぁこらぁぁぁぁぁ)」と絶叫していた。
ところが、お兄さんは予想外なことを言いだした。
「ただし、条件があるんだ…その条件ってのは……
はい、今日はここまで!
もう日が暮れてきているから、お家に帰りな
お父さんお母さんが心配するといけないしね
続きは明日の同じ時間、同じ場所!ということで、さぁ帰った帰った!」
当然、「えええええええええええええ」の大合唱となった。
しかし、タイムリミットが迫っていた僕たちは、不満と見せかけの不満を見せながら帰宅するのことにした。
お兄さんは、僕たちが見えなくなるまで手を振り、僕たちもそれに答えるように奇声を上げながらずっと
手を振った。
次の日、友人たちは登校時から騒がしかった。
まるで、もう宝物が自分たちのものになったかのように嬉々としていた。
友人B「おい(俺)はペンケースな」
友人C「はぁ?そがんとだいが決めたとや?(そんなこと誰が決めたんだよ?)」
友人B「良かやっか(良いじゃないか)、お前、ドラゴンボールの筆箱を買ったばっかいやろうが」
友人C「そいは関係なか!」
友人B「関係あるくさ!おいは兄貴のお下がりの『けろけろけろっぴ』やぞ?」
友人C「そがんと知らんさ!」
友人A「BもCも、そがん揉めるとやったらジャンケンで決めれば?」
友人BC「良かばい、最初はグー!ジャンk」
友人D「おい、お前らだけズルかぞ!」
全員「そうだそうだぁ、おいたちも混ぜろぉ」
僕とA君は、一歩離れた所でジャンケン大会を眺めていた。
A君は何故ジャンケンに参加しないのだろうと疑問に思ったので、僕は直接A君に尋ねた。
友人A「だって、おいはマガジンしか読んどらんもん」
A君が胸を張って答えた。
僕は仲間を見つけたようで嬉しかったのでニタニタしていると、A君が「あのさぁ」と問いかけてきた。
友人A「『条件』って何やろうかね?」
僕「ん?何の話?」
友人A「文房具をもらう『条件』くさ」
僕「あぁ、あれね、何やろうねぇ」
友人A「んー、気になるなぁ、お前は放課後行くと?」
僕「うん、行く、A君は?」
友人A「もちろん行くくさ!なんか金田一なった気分や」
帰りの会が終わると、皆一目散に校門へと向かっていった。
校門横に宣言通りお兄さんが立っていた。
「こんにちは
学校は楽しかったかい?
はいはい、わかったから、そう焦るな焦るな
さぁ、今日も宝物をご覧ください」
お兄さんは、カバンを開け友人たちのテンションをいとも簡単に上げた。
前日と違って、僕とA君は少し離れた所から見ていた。
僕は目の前で繰り広げられている光景に、何となくではあるが不安を感じていた。
A君は『条件』について、ブツブツと独り言をいっていた。
「じゃあ、さっそくこの超人気文房具を貰える『条件』を教えるとしよう」
お兄さんがそう言うと、皆は身構えた。
少しの沈黙の後、お兄さんは早口で話し始めた。
「学校の勉強って面白くないよね?
学校でやる、国語、算数、理科、社会、全く面白くないよね?
お兄さんが子供の頃もそうだった。
でも、勉強をやらないと大人になって苦労するんだ。
君たちは大人になって苦労したいかい?
当然、嫌だよね?
だったら、勉強するしかないんだよ。
そこでだ!そこで君たちにオススメしたいものがある!
それがこれだ!」
お兄さんはもう一つのカバンから何冊かの本を出してきた。
それらの本には、『小学四年 算数』、『小学五年 国語』と書かれていた。
本を片手に、この教材がいかに素晴らしいかを饒舌に語るお兄さんと、それを熱心に聞き入る友人たち。
常軌を逸した光景を僕は呆然と見ていた。
するとA君が不貞腐れた感じで話しだした。
A君「はぁ、しょーもない…本当にしょーもない!
結局、それか!そんなもんか!
期待して損したばい!」
僕「な、何ば怒っとると?」
A君「もっと面白か『条件』出せ!ってことよ、もうよか、帰ろ」
僕「えっ、でも皆まだ…」
A君「よかけん、帰ろうで
アイツらも、そこまで馬鹿じゃなかやろ」
僕とA君は、皆を残して帰ることにした。
家路につく間、A君は終始ふくれっ面で、僕はどのように対応していいのか分からず困った。
後日、僕はいつものメンバーと登校していた。
いつもの順路、いつもの会話、いつもと変わらなかった。
ただし、違ったことが一つあった。
学校の前まで来ると数人の友人が「ちょっと待ってて」と言い、校門横の電柱に駆けていった。
その友人たちは電柱に針金でくくりつけられた鉄製のポストに二つ折りにされた紙を入れていた。
僕は気になってポストに近寄り確認した。
ポストには、セロファンテープで紙が貼られており、その紙には『☆お申込み箱☆』と書かれていた。
僕がポストを見ているとA君が寄ってきた。
A君は「あーあ」と一言だけ言って校舎に向かっていった。
一週間が経った頃だった。
教室では例の文房具の自慢合戦が行われていた。
下敷き、筆箱、鉛筆、様々な文房具が机の上に並べられていた。
教材を申し込んでいない組は、それを嫉妬が入り交じった視線で見ていた。
自慢合戦は一週間ほどで廃れた。
今となって考えてみると簡単なことだ。
希少価値があったから盛り上がることができたのだ。
皆が持っていたら、普通の文房具と対して変わらない。
僕たちは、また新たにハマれるものを探し始めた。
季節は春。
僕たちは月一恒例の朝礼に出席していた。
何と言っているか分からない程にノイズが乗った校長の声。
先生に見つからないように手紙を回す女子たち。
退屈極まりない時間だった。
朝礼の最後に一人の先生がマイクと取り、話し始めた。
「ちょっといいですかー
はーい、静かにー
近頃、この学校近くで詐欺事件があったようです
えー、詐欺ってのは、人を騙してお金を取ることです
みなさんの中に、校門の近くでオモチャとか文房具を見せられた人いますか?
警察の人が聞きたいことがあるそうなので、見た人は担任の先生に言ってくださーい」
僕は教材を申し込んだ友人たちを見た。
ずっと彼らは俯いたままだった。
続いて僕はA君を見た。
A君はニタニタと笑っていた。
エクソダス(フクロウ少年記 その一)
子供の頃は何でも遊びになった。数人の友人と校庭に穴を掘るだけでも夢中になれた。夢中になり過ぎて1メートルぐらい掘り進めてしまい、教頭に見つかりこっ酷く叱られて半べそをかいたのも良い思い出だ。しょーもない事にこそハマりにハマッた少年時代。“あの遊び”もそうだった。小学三~四年の春から秋にかけて、僕たちの間で異例のロングランヒットを記録した遊びがあった。それは『秘密基地ごっこ』だ。その当時、僕の住んでい
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子供の頃は何でも遊びになった。
数人の友人と校庭に穴を掘るだけでも夢中になれた。
夢中になり過ぎて1メートルぐらい掘り進めてしまい、教頭に見つかりこっ酷く叱られて半べそをかいたのも良い思い出だ。
しょーもない事にこそハマりにハマッた少年時代。
“あの遊び”もそうだった。
小学三~四年の春から秋にかけて、僕たちの間で異例のロングランヒットを記録した遊びがあった。
それは『秘密基地ごっこ』だ。
その当時、僕の住んでいた地域は防空壕跡が沢山あった。
そんな楽しそうな場所を好奇心の塊である小学生が放っておくわけがない。
毎日、学校が終わると徒競走をしているかのごとく、皆全力疾走で防空壕に向かっていた。
最初は防空壕の中に入り、【怖い話】、【クラスの女子で誰がカワイイか】、【先生のモノマネ】だとかをして盛り上がっていた。
しかしながら、目的のない事ってのは飽きるのも早い。
そりゃあ、毎日やっていると倍早く飽きる。
「あっ、そろそろこのブームは終わる」と防空壕の中にいた全員が思い始めていた頃、友人Aの一言で革命が起きた。
友人A「そうだ!ここをおいたち(俺たち)の家にしよう!」
全員「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
友人B「さすがAや!ドッチボール強いだけあるばい!」
友人A「やろ?」
そんな馬鹿なやり取りがあったと思う。
自分の部屋を持っていない奴もいたし、持っていても親の干渉に嫌気がさしていた奴もいた。
そんな僕達に『おいたちの家』という響きは、あまりにも魅力的だった。
さっそく次の日の放課後から僕たちは動いた。
ある者は防空壕内にある邪魔な石やゴミを日が暮れるまで運び、またある者は家にある漫画本を搬入した。
僕はというと家に帰り、兄貴の部屋へ行き、ベッド下の奥深くに隠されているエロ本を無許可で借りて防空壕に持っていった。
僕は神として崇められるだろうと確信していたのだが、現実は違った。
各自持ってきた物を見せ合ってみると、明らかにエロ本の方が多かった。
結果的に搬入班は、その日一日、不自然な前屈みで作業することを強いられた。
1ヶ月ほど経過し、秋の足音が聞こえ始めた頃には、それなりの秘密基地になってた。
漫画やエロ本がギッシリと詰まった、見るからに傾いている本棚(エロ本の割合は改善されず)。
一斗缶と廃タイヤを並べ、それに小汚い布団を被せただけのソファー(いつも湿っていて、何故か線香の臭いがする)。
防空壕の入り口横に石をそれっぽく並べただけのキッチン(焚き火などをしてウインナーなどを焼いていた)。
学校のゴミ置き場に捨ててあったバレーのネットで作ったハンモック(一度として寝れた試しがない)。
防空壕から少し離れた所にある竹林の入り口に、大きく『べんじょ』とだけ書かれたベニア板が立てかけられたトイレ。
僕たちは各々の楽しみ方で秘密基地ライフを満喫していた。
あの頃の生活の中心だったと言っても過言ではない。
されど、人間とは慣れる生き物である。
どんなに楽しく、心地良くてもマンネリ化してくる。
そこで、またもや『ドッチボールが強い』で有名な友人A君が皆にドヤ顔で提案してきた。
友人A「なぁ、ここはおいたち(俺たち)の家やろ?」
友人B「ん~、まぁ家っちゃ家かな」
友人A「やろ?我が家やろ?だったら寝泊まりしても良いやろ?」
全員「確かにいいいいいいいいいいうおおおおおおおおおおおおお」
お察しの通り、僕たちは馬鹿だった。
理屈と屁理屈の区別なんて出来なかった。
さっそく作戦会議へと移った僕たちは、いくつかの問題点を見つけた。
1.寝具はどうするのか?
2.食料はどうするのか?
3.どのようにして親を誤魔化すか?
1と2に関しては、どうにかなるように思えた。
寝具と食料は家から調達してくれば良いわけだし、最悪一日くらいは我慢できる。
大問題は、 3 だ。
当然、会議は紛糾した。
その結果、いくつかの派閥に別れた。
『夜中こっそり抜けだそう』派
『上手い具合に嘘を付こう』派
『やっぱり止めておこう』派
そして
『誰だよ!エロ本を地べたに置いた奴は!これ親父のなんだぞ!』派
話は一向に噛み合わない。
譲歩することを知らない馬鹿ガキの会議なんてそんなもんだ。
次第に議論は雑になっていき、終いにはエロ本を地べたに置いた犯人探しのほうに移行し始めた。
その時だった。
友人A君「めんどくさかけん、多数決しよ、学級会で先生がいつもやってるやつ」
鶴の一声である。
結果は一票差で『上手い具合に嘘を付こう』に決まった。
そして、また会議である。
どんな嘘を付くか、各々意見を言い合った。
明らかに嘘だとわかる嘘、それは嘘なのか?と疑問に思う嘘、様々な嘘が秘密基地内を飛び交った。
そして決まった嘘というのがこれだ。
AはBの家に泊りに行くと親に言う。
BはCの家に泊りに行くと親に言う。
CはDの家に泊りに行くと親に言う。
DはEの家に泊りに行くと親に言う。
・
・
・
JはAの家に泊りに行くと親に言う。
といった具合に各人が泊まりに行く家をずらし最終的にループさせてしまおうという嘘だ。
僕たちは「完璧だ、絶対にバレない」と思った。
基地仲間の中には、秘密基地に宿泊することで頭が一杯の奴もいれば、明らかにビビっている奴もいた。
僕はといえば完全に後者だった。
兄が超弩級の不良だったということもあって、両親は僕を一際厳しく躾けていた。
兄はDQN、親は鬼、そんな環境に身を置いていたものだから尻込みせずにはいられなかった。
だがしかし、恐れと同じくらいストレスも抱えていた。
兄からは使いっ走りにされ、プロレスごっこで玩具にされ、意味もなく罵声を浴びせられていた。
親は共働き(サービス業)だったため、構ってくれなかった。
「何故、僕だけがこんな目にあっているんだ!」そう嘆かない日はなかった。
今になって思うと『仕方ない』の一言で済む。
両親は我が子を飢えさせないよう一生懸命に働いていた結果、僕に構うことが出来なかった。
兄は両親の愛情不足がストレスとなり生活が荒れ、そして荒れた外界で溜めたストレスを僕にぶつけていた。
当時の僕は『仕方ない』という言葉で自分自身を誤魔化す技術を持ち合わせていなかった。
だからこう思った。
「今、抜け出さないとずっと変わらない」
今、僕は顔真っ赤でタイピングしている。
当時の僕は色々なことにがんじがらめだったのだから、そう思うのも無理は無い。
これこそ『仕方ない』で済ませようと思う。
そして、基地宿泊決行の日がきた。
その日は九月の半ばだというのにうだるように暑かった。
朝方、僕は計画通りに出勤前の母にA君の家に泊りに行くと伝えた。
最初、母はダメの一点張りだった。
ある程度の覚悟はあったが相当焦った。
しかし、伝家の宝刀である『一生のお願い』を使い続けた結果、「A君のご両親に迷惑かけるんじゃないわよ」と言ってくれた。
その時、何とも言えない罪悪感みたいなものが胸一杯に広がったのを鮮明に覚えている。
昼過ぎから基地に持っていく寝具や食料を準備し、午後三時過ぎに待ち合わせ場所である学校近くの三角公園に行った。
公園には、すでにA君を含めた数人の友人が到着していた。
まだC君が来ていなかったが、彼はいつも時間にルーズなので皆は気にしなかった。
皆のテンションは異常に高かった。
基地に向かう道すがら色んな話をした。
夜の予定、今後の基地拡張案、持ってきた食料自慢、話は尽きなかった。
そんな他愛もない会話をしていると、あっという間に基地の近くまで来ていた。
多分、興奮のあまりに早足になっていたんだと思う。
そして、案の定、基地まで かけっこ の流れになった。
僕は足が遅いからかけっこが大嫌いだった。
僕のテンションは急落、皆のテンションはストップ高。
とりあえず、僕も走るが皆との差は縮まるどころか開く一方。
こうなることは、いつものことなので、めんどくさくなって僕は歩いて基地に向かうことにした。
すると後方から「お~い、待てさ~」と聞こえてきた。
振り向くと右足にギプスを付けたB君がいた。
B君は夏休み最終日に皆で行った市民プールで
「すごか水着の女のおるばい!」
とはしゃいでいたところ、プールサイドの縁石を素足で全力蹴りしてしまい骨折してしまったのだ。
この頃から僕は姑息だった。
「B君だけ置いては行けなかった」
そう言えば、走らなかった理由になると思った。
僕はわざとらしくB君の歩く速度に合わせながら歩くことにした。
友人B君「なんか悪いね」
僕「気にせんで良かよ」
あの時、僕は悪い顔をしていただろうと容易に想像がつく。
B君は色々と話を振ってきたが、僕は期待と緊張からか適当に相づちを打っていた。
次第にB君も話さなくなり、僕ら二人は無言のまま『おいたちの家』へと到着した。
そこには大人たちがいた。
五、六人の大人の周りには基地仲間が地べたに正座させられている。
僕は状況が理解できなかった。
B君は口をポカーンと開けて、僕と大人たちを交互に見ていた。
一人の見覚えのある大人が強い口調で言った。
「Bは、ここで何ばしよっとや(何をしている)?」
それはB君の父親だった。
問いかけられたBくんは「あの…、その…、えっと…、ごめんなさい」とだけ言った。
そして、長い沈黙。
気づいたら、僕とB君も正座させられていた。
何故バレたのだろうか?
時は遡って午前十一時、地元では安売りで有名なスーパーPである。
C君の母「あら、B君のお母さんじゃありませんの?」
B君の母「あらあら、C君のお母さん、こんにちは、昼食のお買い物ですの?」
C君の母「そうなのよ、あっ、そうそう、ウチの馬鹿息子が今晩お世話になりますぅ」
B君の母「えっ、何のことですの?ん?おかしいわねぇ、ウチの馬鹿息子は今晩Dさんのお家にお泊りするって…」
C君の母「はっ、こ、これは何かありますわよ!B君のお母さん!」
B君の母「そ、そうですわね!私はDさんに確認してみます!」
C君の母「わかりました!私は馬鹿息子に問いただしてみます!」
そして、C君が基地の存在と基地宿泊計画を母親にバラした。
親たちは連絡網を使い秘密基地に集合したのである。
と、まぁこんな感じで、実にあっさりバレた。
C君が来ない理由を知り、皆は愕然とした。
全員が「う、裏切られた!」と思ったに違いない。
僕自身、全力でそう思った。
かくして、大人たちのお説教が始まった。
そりゃまぁ、怒られた。
父親から張り倒されて吹っ飛ぶB君。
母親から金切り声を浴びせられ続けるA君。
僕は誰かの母親に「あんなにご両親は頑張っているのに!」とよく分からない説教された。
よく意味がわからなかったが「ごめんなさい、もうしません」と馬鹿の一つ覚えで対応した。
周りの景色が暗くなり始めると大人たちの説教も途切れ途切れになってきた。
ようやく解放されると思った矢先、衝撃の言葉がB君の父親から発せられた。
「明日いっぱいでここを片付けろ」
当然ながら、僕たちに拒否権はない。
「はい」の一言しか言えない。
それは一つのブームが終わった瞬間だった。
後日、汗だくになりながら防空壕の片付けしている僕たちがいた。
悔しさや悲しさはなかったが、めんどくささがあった。
防空壕内はブーム時と違って陰湿で不快感の塊のようだった。
片付けの現場にはC君もいた。
最初は皆無視していた。
C君もさぞ居心地が悪かったろうと思う。
しかし、僕たちは馬鹿な小学生。
C君が地べたに落ちていたエロ本の上に乗ってしまい、盛大にズッコケたことにより全てが帳消しになった。
こうして『おいたちの家』は終焉した。
数年前の盆、地元に帰省した僕は中学校の同窓会に顔を出した。
そこには、当時の基地仲間のほとんどがいた。
久しぶりの再会ということもあって、大いに盛り上がり最終的には四次会にまで発展した。
朝方、僕たちは、元『おいたちの家』の前にいた。
防空壕の入り口はベニア板で塞がれていて、ペンキで【立ち入り禁止!】と乱雑に書かれていた。
防空壕は、その当時より小さく感じられた。
しばらく僕たちは地べたに座り談笑した。
友人C「なぁ、あの時はごめんなぁ」
友人B「何が?」
友人C「いやぁ、俺がバラさなきゃ、もっと皆と楽しめたんだろうなぁって思ってさ」
友人B「あーあれか!何を今更!相変わらず、しょーもない!」
友人A「あれで良かったとよ、うん、あれがベストエンドよ」
友人C「どういう意味?」
友人A「だってさぁ、飽きて終わるより良いじゃん?段々、基地に来る仲間が減っていくのは悲しいやろ?」
友人C「そういうもんかねぇ」
友人A「そういうもんよ」
子供の頃の大抵のブームは大人に咎められて終わりを迎える。
それが良いのか悪いのかは未だに分からない。
ただ、僕たちの場合は良かったようだ。
子供の頃は何でも遊びになった。
数人の友人と校庭に穴を掘るだけでも夢中になれた。
夢中になり過ぎて1メートルぐらい掘り進めてしまい、教頭に見つかりこっ酷く叱られて半べそをかいたのも良い思い出だ。
しょーもない事にこそハマりにハマッた少年時代。
“あの遊び”もそうだった。
小学三~四年の春から秋にかけて、僕たちの間で異例のロングランヒットを記録した遊びがあった。
それは『秘密基地ごっこ』だ。
その当時、僕の住んでいた地域は防空壕跡が沢山あった。
そんな楽しそうな場所を好奇心の塊である小学生が放っておくわけがない。
毎日、学校が終わると徒競走をしているかのごとく、皆全力疾走で防空壕に向かっていた。
最初は防空壕の中に入り、【怖い話】、【クラスの女子で誰がカワイイか】、【先生のモノマネ】だとかをして盛り上がっていた。
しかしながら、目的のない事ってのは飽きるのも早い。
そりゃあ、毎日やっていると倍早く飽きる。
「あっ、そろそろこのブームは終わる」と防空壕の中にいた全員が思い始めていた頃、友人Aの一言で革命が起きた。
友人A「そうだ!ここをおいたち(俺たち)の家にしよう!」
全員「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
友人B「さすがAや!ドッチボール強いだけあるばい!」
友人A「やろ?」
そんな馬鹿なやり取りがあったと思う。
自分の部屋を持っていない奴もいたし、持っていても親の干渉に嫌気がさしていた奴もいた。
そんな僕達に『おいたちの家』という響きは、あまりにも魅力的だった。
さっそく次の日の放課後から僕たちは動いた。
ある者は防空壕内にある邪魔な石やゴミを日が暮れるまで運び、またある者は家にある漫画本を搬入した。
僕はというと家に帰り、兄貴の部屋へ行き、ベッド下の奥深くに隠されているエロ本を無許可で借りて防空壕に持っていった。
僕は神として崇められるだろうと確信していたのだが、現実は違った。
各自持ってきた物を見せ合ってみると、明らかにエロ本の方が多かった。
結果的に搬入班は、その日一日、不自然な前屈みで作業することを強いられた。
1ヶ月ほど経過し、秋の足音が聞こえ始めた頃には、それなりの秘密基地になってた。
漫画やエロ本がギッシリと詰まった、見るからに傾いている本棚(エロ本の割合は改善されず)。
一斗缶と廃タイヤを並べ、それに小汚い布団を被せただけのソファー(いつも湿っていて、何故か線香の臭いがする)。
防空壕の入り口横に石をそれっぽく並べただけのキッチン(焚き火などをしてウインナーなどを焼いていた)。
学校のゴミ置き場に捨ててあったバレーのネットで作ったハンモック(一度として寝れた試しがない)。
防空壕から少し離れた所にある竹林の入り口に、大きく『べんじょ』とだけ書かれたベニア板が立てかけられたトイレ。
僕たちは各々の楽しみ方で秘密基地ライフを満喫していた。
あの頃の生活の中心だったと言っても過言ではない。
されど、人間とは慣れる生き物である。
どんなに楽しく、心地良くてもマンネリ化してくる。
そこで、またもや『ドッチボールが強い』で有名な友人A君が皆にドヤ顔で提案してきた。
友人A「なぁ、ここはおいたち(俺たち)の家やろ?」
友人B「ん~、まぁ家っちゃ家かな」
友人A「やろ?我が家やろ?だったら寝泊まりしても良いやろ?」
全員「確かにいいいいいいいいいいうおおおおおおおおおおおおお」
お察しの通り、僕たちは馬鹿だった。
理屈と屁理屈の区別なんて出来なかった。
さっそく作戦会議へと移った僕たちは、いくつかの問題点を見つけた。
1.寝具はどうするのか?
2.食料はどうするのか?
3.どのようにして親を誤魔化すか?
1と2に関しては、どうにかなるように思えた。
寝具と食料は家から調達してくれば良いわけだし、最悪一日くらいは我慢できる。
大問題は、 3 だ。
当然、会議は紛糾した。
その結果、いくつかの派閥に別れた。
『夜中こっそり抜けだそう』派
『上手い具合に嘘を付こう』派
『やっぱり止めておこう』派
そして
『誰だよ!エロ本を地べたに置いた奴は!これ親父のなんだぞ!』派
話は一向に噛み合わない。
譲歩することを知らない馬鹿ガキの会議なんてそんなもんだ。
次第に議論は雑になっていき、終いにはエロ本を地べたに置いた犯人探しのほうに移行し始めた。
その時だった。
友人A君「めんどくさかけん、多数決しよ、学級会で先生がいつもやってるやつ」
鶴の一声である。
結果は一票差で『上手い具合に嘘を付こう』に決まった。
そして、また会議である。
どんな嘘を付くか、各々意見を言い合った。
明らかに嘘だとわかる嘘、それは嘘なのか?と疑問に思う嘘、様々な嘘が秘密基地内を飛び交った。
そして決まった嘘というのがこれだ。
AはBの家に泊りに行くと親に言う。
BはCの家に泊りに行くと親に言う。
CはDの家に泊りに行くと親に言う。
DはEの家に泊りに行くと親に言う。
・
・
・
JはAの家に泊りに行くと親に言う。
といった具合に各人が泊まりに行く家をずらし最終的にループさせてしまおうという嘘だ。
僕たちは「完璧だ、絶対にバレない」と思った。
基地仲間の中には、秘密基地に宿泊することで頭が一杯の奴もいれば、明らかにビビっている奴もいた。
僕はといえば完全に後者だった。
兄が超弩級の不良だったということもあって、両親は僕を一際厳しく躾けていた。
兄はDQN、親は鬼、そんな環境に身を置いていたものだから尻込みせずにはいられなかった。
だがしかし、恐れと同じくらいストレスも抱えていた。
兄からは使いっ走りにされ、プロレスごっこで玩具にされ、意味もなく罵声を浴びせられていた。
親は共働き(サービス業)だったため、構ってくれなかった。
「何故、僕だけがこんな目にあっているんだ!」そう嘆かない日はなかった。
今になって思うと『仕方ない』の一言で済む。
両親は我が子を飢えさせないよう一生懸命に働いていた結果、僕に構うことが出来なかった。
兄は両親の愛情不足がストレスとなり生活が荒れ、そして荒れた外界で溜めたストレスを僕にぶつけていた。
当時の僕は『仕方ない』という言葉で自分自身を誤魔化す技術を持ち合わせていなかった。
だからこう思った。
「今、抜け出さないとずっと変わらない」
今、僕は顔真っ赤でタイピングしている。
当時の僕は色々なことにがんじがらめだったのだから、そう思うのも無理は無い。
これこそ『仕方ない』で済ませようと思う。
そして、基地宿泊決行の日がきた。
その日は九月の半ばだというのにうだるように暑かった。
朝方、僕は計画通りに出勤前の母にA君の家に泊りに行くと伝えた。
最初、母はダメの一点張りだった。
ある程度の覚悟はあったが相当焦った。
しかし、伝家の宝刀である『一生のお願い』を使い続けた結果、「A君のご両親に迷惑かけるんじゃないわよ」と言ってくれた。
その時、何とも言えない罪悪感みたいなものが胸一杯に広がったのを鮮明に覚えている。
昼過ぎから基地に持っていく寝具や食料を準備し、午後三時過ぎに待ち合わせ場所である学校近くの三角公園に行った。
公園には、すでにA君を含めた数人の友人が到着していた。
まだC君が来ていなかったが、彼はいつも時間にルーズなので皆は気にしなかった。
皆のテンションは異常に高かった。
基地に向かう道すがら色んな話をした。
夜の予定、今後の基地拡張案、持ってきた食料自慢、話は尽きなかった。
そんな他愛もない会話をしていると、あっという間に基地の近くまで来ていた。
多分、興奮のあまりに早足になっていたんだと思う。
そして、案の定、基地まで かけっこ の流れになった。
僕は足が遅いからかけっこが大嫌いだった。
僕のテンションは急落、皆のテンションはストップ高。
とりあえず、僕も走るが皆との差は縮まるどころか開く一方。
こうなることは、いつものことなので、めんどくさくなって僕は歩いて基地に向かうことにした。
すると後方から「お~い、待てさ~」と聞こえてきた。
振り向くと右足にギプスを付けたB君がいた。
B君は夏休み最終日に皆で行った市民プールで
「すごか水着の女のおるばい!」
とはしゃいでいたところ、プールサイドの縁石を素足で全力蹴りしてしまい骨折してしまったのだ。
この頃から僕は姑息だった。
「B君だけ置いては行けなかった」
そう言えば、走らなかった理由になると思った。
僕はわざとらしくB君の歩く速度に合わせながら歩くことにした。
友人B君「なんか悪いね」
僕「気にせんで良かよ」
あの時、僕は悪い顔をしていただろうと容易に想像がつく。
B君は色々と話を振ってきたが、僕は期待と緊張からか適当に相づちを打っていた。
次第にB君も話さなくなり、僕ら二人は無言のまま『おいたちの家』へと到着した。
そこには大人たちがいた。
五、六人の大人の周りには基地仲間が地べたに正座させられている。
僕は状況が理解できなかった。
B君は口をポカーンと開けて、僕と大人たちを交互に見ていた。
一人の見覚えのある大人が強い口調で言った。
「Bは、ここで何ばしよっとや(何をしている)?」
それはB君の父親だった。
問いかけられたBくんは「あの…、その…、えっと…、ごめんなさい」とだけ言った。
そして、長い沈黙。
気づいたら、僕とB君も正座させられていた。
何故バレたのだろうか?
時は遡って午前十一時、地元では安売りで有名なスーパーPである。
C君の母「あら、B君のお母さんじゃありませんの?」
B君の母「あらあら、C君のお母さん、こんにちは、昼食のお買い物ですの?」
C君の母「そうなのよ、あっ、そうそう、ウチの馬鹿息子が今晩お世話になりますぅ」
B君の母「えっ、何のことですの?ん?おかしいわねぇ、ウチの馬鹿息子は今晩Dさんのお家にお泊りするって…」
C君の母「はっ、こ、これは何かありますわよ!B君のお母さん!」
B君の母「そ、そうですわね!私はDさんに確認してみます!」
C君の母「わかりました!私は馬鹿息子に問いただしてみます!」
そして、C君が基地の存在と基地宿泊計画を母親にバラした。
親たちは連絡網を使い秘密基地に集合したのである。
と、まぁこんな感じで、実にあっさりバレた。
C君が来ない理由を知り、皆は愕然とした。
全員が「う、裏切られた!」と思ったに違いない。
僕自身、全力でそう思った。
かくして、大人たちのお説教が始まった。
そりゃまぁ、怒られた。
父親から張り倒されて吹っ飛ぶB君。
母親から金切り声を浴びせられ続けるA君。
僕は誰かの母親に「あんなにご両親は頑張っているのに!」とよく分からない説教された。
よく意味がわからなかったが「ごめんなさい、もうしません」と馬鹿の一つ覚えで対応した。
周りの景色が暗くなり始めると大人たちの説教も途切れ途切れになってきた。
ようやく解放されると思った矢先、衝撃の言葉がB君の父親から発せられた。
「明日いっぱいでここを片付けろ」
当然ながら、僕たちに拒否権はない。
「はい」の一言しか言えない。
それは一つのブームが終わった瞬間だった。
後日、汗だくになりながら防空壕の片付けしている僕たちがいた。
悔しさや悲しさはなかったが、めんどくささがあった。
防空壕内はブーム時と違って陰湿で不快感の塊のようだった。
片付けの現場にはC君もいた。
最初は皆無視していた。
C君もさぞ居心地が悪かったろうと思う。
しかし、僕たちは馬鹿な小学生。
C君が地べたに落ちていたエロ本の上に乗ってしまい、盛大にズッコケたことにより全てが帳消しになった。
こうして『おいたちの家』は終焉した。
数年前の盆、地元に帰省した僕は中学校の同窓会に顔を出した。
そこには、当時の基地仲間のほとんどがいた。
久しぶりの再会ということもあって、大いに盛り上がり最終的には四次会にまで発展した。
朝方、僕たちは、元『おいたちの家』の前にいた。
防空壕の入り口はベニア板で塞がれていて、ペンキで【立ち入り禁止!】と乱雑に書かれていた。
防空壕は、その当時より小さく感じられた。
しばらく僕たちは地べたに座り談笑した。
友人C「なぁ、あの時はごめんなぁ」
友人B「何が?」
友人C「いやぁ、俺がバラさなきゃ、もっと皆と楽しめたんだろうなぁって思ってさ」
友人B「あーあれか!何を今更!相変わらず、しょーもない!」
友人A「あれで良かったとよ、うん、あれがベストエンドよ」
友人C「どういう意味?」
友人A「だってさぁ、飽きて終わるより良いじゃん?段々、基地に来る仲間が減っていくのは悲しいやろ?」
友人C「そういうもんかねぇ」
友人A「そういうもんよ」
子供の頃の大抵のブームは大人に咎められて終わりを迎える。
それが良いのか悪いのかは未だに分からない。
ただ、僕たちの場合は良かったようだ。