りとくん。  どうしたの?  なぁにー? わぁ、すごい、きれいねっ。  ふわふわ。かわいいー。  りとくんも、ピンクいろすきなの?  なぎもね、ピンクいろだいすきっ。おかあさんが、ピンクいろすきだから、なぎもいっつもピンクいろなの。  ひらひらだともっとかわいいから、なぎ、いっつもひらひらピンクいろさんっ。  ……ほんと? ありがと、  りとくん、はいっ、おててつないでかえろー。  ピンクいろさん、ばいばい。また、りとくんと、あいにくるねーっ。 *  りとくん。  どうしたの?  ……わぁ、きれいっ。すごいねーっ。  そっかー、このまえ、んっと、きょ……ねん? きょ年? りとくんが見てたお花さん? すごーいーっ。  ずっとさくのかな?  ……そうなの。じゃあ、ずっと見にきたいね。りとくんといっしょに見るっ。  なぎね、ピンク好きなの。  しってた? そっかー。うん。かわいいから好きなのー。  おようふくだけじゃなくてね、なんでも好き。  りとくん、いっしょにおうちかえろ。はいっ。  ピンクお花さん、またねっ。 *  りとくん。  わぁ、きれいーっ、  ピンクお花さんのきせつかぁ。きれいだね。  おっきくなったら、お花さんさわれるかな?  ……りとくんはさわれるよ。なぎもね、がんばって大きくなるもん。  お花さんまっててね。  ……え? ちぎらないよ。よしよしするんだよ。ちぎったらね、お花さんはいたいんだって。お母さんが言ってた。きれいでも、お花さんかってにちぎっちゃだめなのよ。  りとくん、かえろうー。はいっ。  お花さん、またね。 *  りとくん。  わぁ、きれい、  りとくん、咲くの見つけるの早いなぁ。すごいね。  お花さん、こんにちはっ。  毎年きれいに咲くね。だいじにされてるんだね。  ……?  なぎじゃなくて、お花さんよしよししてあげてっ。きれいにさいて、がんばってるの。  りとくん、かえろーっ。  お花さんまたね。 *  梨斗くん。  もー、ずっと置いてくーっ。いっしょに連れてってくれればいいのに。  お花さん、こんにちはー。  梨斗くん、もうちょっとでお花さんに届きそう? なぎも、もうちょっと。  どっちが早いかな?  ……えー、何で? なぎも背伸びるもん。  ……うー。  梨斗くん、かえろー。  お花さん、またねー。 *  梨斗。  もう、一緒に連れてってって言うのに、いっつも一人で行くー……。  お花さん、こんにちは。  梨斗、なぎと一緒、嫌なの?  えー、だって最近ずっとだもん。  皆がいろいろ言ってるの、気にしてる? なぎのこと。……違うの? 梨斗のこと?  どう言われても、なぎ、気にしないのに。梨斗のことも。なぎのことも。  梨斗は梨斗なの。なぎはなぎなの。  皆とおんなじじゃなきゃ変なんて、それが変なのにね。  ……なぎは梨斗が好きなんだもん、梨斗と一緒にいるのがいいんだもん。  ……?  梨斗、一緒、帰ろ?  お花さん、またね、来年は梨斗と一緒に来るからっ。 *  りーとーっ、  梨斗の馬鹿っ。そんなに私と一緒嫌なの!?  お花さんが楽しみなのは分かるけど、うー、毎年、一緒に行こって言うのに……。  ……いいもん、一人で帰る。  何で?  よく分かんない。……梨斗の馬鹿。 *  梨斗。  やっぱり。そろそろ咲くかなって思って来てみたの。梨斗、毎年すごいね。  お花さんこんにちは。  うー、まだ、届かないな。もうちょっとなんだけど。  梨斗は、……だよね。ずるい。  ……ここでそのよしよしは、喧嘩売ってるのです? はん?  えぇ、何それ意味分かんない。梨斗こわい。  小さい子さらっちゃ駄目だよ。しない? うん、駄目だよ。  久し振りに、一緒に帰ろ?  何か恥ずかしいね。懐かしいな。恥ずかしいってか、嬉しい。かな?  お花さん、またね。  ……? 梨斗、早く。帰ろーっ。 *  梨斗。  おかえり。ふふー、さすがにもう、私の方が早いね。  えぇ、駄目なの? いいじゃん私もこの花好きだもん早く見たいもん。  駄目なの? えぇー……。  じゃあ、来年は、梨斗が迎えに来てくれてからにする……。  梨斗。はいっ。早く行こ。  お花さんまたね。 *  梨斗さん貴様喧嘩売ってんのですかあぁん?  迎え来てよおおお待ってたのに、馬鹿ーっ!  一人で来てるとかもう、……はぁ、いつものことだけどね、そうだね。  何。ほだされると思ってんの。  ……にゃ、  ……梨斗の馬鹿。 * (ちゃんと、一緒にね。一緒のものを見ているって、思っていたんだよ。)  なぎちゃん。梛。 (目線が変わってしまった可能性は、敢えて、見ない振りをして。) * 「梨斗」  今までのことを思い出したら、いつも、梛の第一声は、自分の名前だった。  ふんわりとした淡い色のワンピース。それに似合う、ふわふわした声で。 「りーとっ」  そして今年も、毎年の如く。  呼ばれて、ゆっくりと振り向いた。  ……そしたら、すぐ目の前に梛の顔があった。  思いっきり仰け反ってしまった。先程まで穏やかな気持ちでいただけに、心拍数の跳ね上がりが物凄かった。めちゃくちゃ心臓に悪い。  梛はそんな自分の反応に笑っている。笑い事じゃないです、梛さん。まったりさせてよ。 「どうしたの」 「うん、ちょっと驚かせてみようかなって」 「……止めてよ」  思惑通りに行って、嬉しそうに笑う。梛が嬉しそうなのはいいことだけど、自分が穏やかでないのはあまり宜しくない。お互いまったりとしあわせな喜びがいいです。 「平和に生きましょうよ、梛さん」 「たまにはいいかなぁと思って」 「……」  どうやら、共通認識ではなかったらしい。 「……。  で、本来の目的は。お花さんじゃないの?」  三月。いつも決まった時期に、綺麗に咲く花。  小さな公園の隅に一本だけで咲いている、この桃の樹がとても綺麗で。幼い頃に見つけて以来、毎年欠かさず見に来ている。  ひらひら、満開の桃花。  揺れる淡い色を、花と同じくらいひらひらふわふわした幼馴染と、毎年一緒に見上げて。 (一緒のものを見ているって、思っていた。同じ目線で。)  梛。 「うん。あのね、」  梛が、そっと笑って。数歩、自分から身を離す。  それでようやく、梛の全身が目に入った。  ……絶句。 「見てもらおうと思って。梨斗に」  ……どうでしょう。似合う?  恥ずかしそうな声音でそう問うてきたけど、その表情は全然恥ずかしそうじゃなかった。  ずっと。  梛が好きなのは、ふんわりでひらひらで淡い色、特にピンク色の、かわいいとしか言い様がない、ワンピースだった。  そんなかわいいワンピースが似合うように、髪もいつもふんわりさせて。手先足先まで、きっちりかわいくして。  つまり、梛は、とってもかわいい子だった。  なのに。 「……えっ。どういう、こと?」 「いや、さすがにね、」  もう、ヤバいかなぁと思って。  そこだけ、ぽそっと呟くように吐き出して。 「やっぱ女の子してるの好きだし、楽しいんだけどさ。  梨斗、めっちゃかわいくなってってるんだもん。男物着ててもね、やっぱかわいいんだもん。  さすがに、焦ってきてたわけですよ。男として隣にいなきゃ、そろそろもう本当ヤバいかなーって思っちゃって」  うん、だから、もうね。梛さん、我慢出来なくなっちゃった。ごめん。  かわいいかわいい女の子の梛じゃなくて。  そこに立っていたのは、どこからどう見てもかっこいい、男の子になってしまった梛だった。  顔は、取り敢えず梛だった。  敢えて見ない振りをしてきた姿の、梛だった。 「えっ。  ……ごめん、意味分かんない」 「あれ。分かんない?」 「いや、ごめん。分かるけど、分かりたくない」 「あら」 「梛ちゃん?」 「梛くんだよ。梛ちゃんは、もう、過去にしてあげて? 駄目?」 「だめ。梛ちゃんが好きだよ。梛くんは、こわいから、いらない」  うー、いや、そんな気はしてたけど。やっぱ、そっか。  梛が笑う。梛だった。  梛だけど、もう女の子じゃない、梛だった。 「りと」 「やだ。梛ちゃんが梛ちゃんじゃないなら、梛が呼ぶ梨斗はいない。」 「梨斗。」 「……なぎちゃ、」  梨斗。  やんわりと、笑って。  そして梛は、自分が一番目を逸らしていた言葉を吐く。 「梨斗、すき。」  だから、もうお母さんとの約束は、全部おしまい。  ね?  梛が、桃の花を一房手折った。  痛がる桃花を、自分に差し出して。 「ずーっと。縛り付けて、ごめんね。  お母さんに縛られるのは自分だけでよかったのに、梨斗が一緒に縛られてくれてたから。  勘違いして」  甘えて、自分まで梨斗を縛ってたことに気付かなくて。 「違う。自分が、梛ちゃんを好きなだけだもん」 「梨斗」  窘めるような声音、でもそれはすぐ、ふむん、と変な音に変わって。 「……梨斗、今の、ちゃん付け無しで言って?」 「梛!」  うにゃああああ、と汲み取り不能の声が漏れる。  こうなると分かっていたから、ずっと気付かない振りをしてきたのに!  知っていた。同じ目線だと思っていたのに、いつの間にか、梛の目線の軸が自分になっていたこと。  そして、梛が男の子になって自分が女の子になってたら、梛はきっと女の子梨斗さんを、自分が梛ちゃんにしてきた分甘やかしてかわいがるつもりなのだということ。  ついでに、狼さん力も同時に存分に発揮するつもりなのだということ。 「こわい。梛くんこわい」 「こわくないよ。梨斗、だーいじにするから」  甘やかしも含めて全部、こわいというのに。  おいでおいで、と梛が笑う。  溜め息を落として、一応、考えて。  ……諦めた。 「てかね。お母さんとの約束はおしまいって言ったけど。  解決案というか代案ちゃんとあるから、大丈夫なんだよ。梨斗、気にしてるでしょ」 「?」  ずっと笑顔だった梛だけど、この笑顔で、あぁ男の子になったなぁ、と遂に認めてしまった。 「梛ちゃんは反抗期を迎えて『かわいいむすめ』じゃなくなっちゃったけど、これからは、梨斗が『かわいいむすめ』になること。」  娘でも義娘でも、問題ないよね。 「……わー、」 諦めてよかったのか、ちょっとだけ迷った。 *** * 偽りの性別にさよなら。 (今後の知り合いに過去話は出来ないね。) * 3910文字。 補足:年長→小一→小三→小五→中一→中二→中三→高一→高三→大一→今(大二・二十歳)