ダンサー・イン・ザ・ダーク・フロム・ザ・フーテージ・トゥ・ザ・パーソナル・リテラリー・リポート・イン・フラグメンツ  歌の進行に比例して、紙の兵隊が、花の乗合馬車を引っ張る炎の馬が、蜃気楼にふさわしくない庭園風景が、彼女の脳内で自動展開されて行く。  慣れ親しんだ、その光景はずっと続くものだと思っていた。特別な何かを消費するわけでもなく、強いて言うなら糖分を映写機の電力として使うだけの質素な幸福が壊されるほど世の中は窮屈なはずがないと彼女は信じきっていた。  信頼していた人々の一人が失われかけている視界の外で泥棒になっていたなんて、それはつまらない理由で、退屈な人々が引き起こした見栄が原因の、また消費活動の貢献者であることの激しい自惚れが招いた、とにかく、本当に首を傾げたくなる行動が重なって生じた裏切りで、純粋な精神力だけを営みの糧に、こつこつと溜めて来た資産は当の昔に空っぽだった。もともと一縷の希望に過ぎず、遺伝性の目の病が、手術で回復する見込みは少なかったけれど、それは彼女の人間らしい夢だった。  実は笑われていることも、親切な人々に支えられて辛うじて人間社会を全うできてることも、彼女は知っていた。だから、早く目を治したい。欲をいうのであれば、子供じみた真似をし続けなければ相手にされない惨めな状況を克服したかった。  世間知らずであることが、それほど罪なことなのだろうか? 彼女は思った。ずっと、人の不幸を無視して、夢の世界に閉じこもって、お伽話を大の大人に聞かせ続けるような生活のせいで、本来なら味わう筈の不幸が溜まっていたのだろうか? そんな風に人には予め幸と不幸の分量が決められているのではないだろうかと、彼女はこれまでの人生を振り返り、罪悪感さえ抱き始めていた。  金銭を奪ったことを告白した後、姿のぼんやりとした盗賊は泣きじゃくりながら、彼女の膝を抱き、懺悔し続けている。あなたは何も悪くないと、なだめている内に、その男の魂の嗚咽が段々と彼女には苛だたしくなってきた。 (身の丈に合わない女性を妻に選んだ貴方の責任でしょ? 間違った方向へ進む舵を矯正できなかったのは、貴方が無能なせいでしょ? それなのに、泣いて許しを請うなんて、どれだけ貴方は我儘なの?)  今までにない怒りが彼女の脳裏を激しく染め上げ、甲高い弦楽器の重層音が辺りを不意に襲った。  使うことがないと鼻で笑って、しまって置いたままのリボルバーが、光を乱反射させる水飛沫を纏ったかのように煌めきながら、空から、ゆっくり落ちて来た。  その時、彼女は悟った。この男は、もう線路を間違えてしまった崖に突っ込む間際の機関車なのだと、既に結末が見えているにも関わらず走り続けなければいけない憐れな機関車なのだと、だから救ってあげなければいけない。引き金は天国への切符だった。少なくとも、彼女の内面には、あからさまなまでに、その様に映っていた。  男の悶え声が聞こえる。生暖かい、かつて出会ったことのない命の迸りが彼女へ降りかかった。血というものだ、彼女は粘着質の温かみを確認した。男は痛みのせいということなく、泣き叫び、反抗することなく、彼女の片足に縋りついていた。二発目、三発目、その度ごとに男の痛々しい鳴き声は弱まり、そして大地を駆けるためのエネルギーは血と共に枯渇して行くようだった。  じたばという音も鳴りを潜め、やがて、男の顔が穏やかに固まって行くのを、直感の眼鏡を通して、彼女は観察していた。そして、善いことをしたにも関わらず、これから自分は裁かれるのだろうと、人間社会の理不尽さに恐怖を覚えると共に、この事件の背景にある、真実を語ろうと、その決意が離れないように彼女は心を強く握りしめた。男の呼吸が停止するのと同時に、サイレンの機械的な響きが聞こえ始めた。彼女は涙を拭うと、目元には血文字の荒い一本線が引かれた。 PS:身近なところにいた空き巣を悪と捉えていますが、どちらかというなら、弱者であったが故に悪人に落ちることしか叶わなかった善良な人間を書いています。 獄卒初心者